レンズ性能を示す指標のひとつに「MTF」があります。各社レンズ紹介ページやカタログに記載されているので「あのグラフのことね!」と思いあたる節のある人も多いと思います。実はMTFグラフには2種類あることをご存知ですか? MTFには2つの計算方法があり、どちらの数値を採用するかはメーカーによってバラバラです。そのため「MTFの数値が良いレンズなのに解像度がイマイチ」ということも。レンズ購入時に失敗を犯さないため、メーカー別のMTF採用状況を調べてみました。
MTF表記の問題点
私はカメラ業界で生計を立てている訳でないので実情は知りませんが、MTF表記については少なからず「闇」を感じます。
自動車業界の話に当てはめると、30年以上前の話になりますが、自動車のパワー表示に「ネット値」と「グロス値」の2つの表記がありました。同じエンジンなのに計算方法により出力が異なるのです。
ネットとグロス
グロス値 = エンジン単体の出力
ネット値 = クルマに搭載された状態の摺動抵抗(ミッションやデフなどの摩擦)などを考慮した出力
→この2つの数値を比較した場合、摺動抵抗を無視したグロス値が高出力になります。
自動車業界がマシなところは、カタログ仕様書にネットとグロスの両方が記載されていました。現在はネット表示のみになっています。
2種類のMTF表記が混在
カメラ業界のMTF表示はいかに? メーカーにより「理論値(幾何光学的MTF)」と「実用的な数値(波動光学的MTF)」が混在している状態です。
幾何光学的MTF = レンズ設計上の理論値
波動光学的MTF = 撮影時に近似した回折現象などを考慮した数値
→この2つの数値を比較した場合、理論値である幾何光学的MTFが高性能になります。
問題点は、一部カメラ&レンズメーカーは、どちらのMTFを採用しているかカタログやホームページに記載していません。2種類のMTFを両方公開しているのはシグマのみです。
MTFを両方公開しているからシグマの製品が優れるわけではありませんが、レンズ選択時、2種類のMTF曲線からレンズ性能を正しく比較できます。シグマの姿勢は賞賛すべきだと思います。
「理論値」を表記するメーカーの製品は、実際に撮影してみると「あれ? 思ったほど解像しないぞ?」となる可能性を秘めています。
ただし、実践的な波動光学的MTFが全てでもありません。
レンズの組立工程で誤差が出るため、大量生産された製品は数値に誤差が生じます。出荷前の品質保証をギリギリ通過した製品は、高精度に組み立てられた製品よりも性能が劣る可能性があるからです。そのため「波動光学的MTFがレンズのすべてではない」ということをご理解ください。
主要メーカーに電話確認
とりあえず行動。
カメラメーカーの電話相談窓口に、MTFの採用状況を問い合わしてみました。全メーカに電話するのは大変なので下記主要5社に照準を絞りました。
オペレーター(相談員)さんの個人的な知識、関心、業務年数にもよりますが、幾何光学的MTFと波動光学的MTFという用語は、なかなか通じませんでした。電話サポート部門で即答できる内容ではなく「押し返し電話」による対応になりました。
「めんどうな客」と思われてしまったようです。実際に面倒な仕事を依頼しているわけですから否定できません。
キヤノン | 波動光学的MTF |
ニコン | 幾何光学的MTF |
ソニー | 幾何光学的MTF |
シグマ | 波動光学的MTF/幾何光学的MTF |
タムロン | 幾何光学的MTF |
キヤノン
スペック重視の会社だと思っていましたが「一番良心的な会社」かもしれません。他社幾何光学的MTF表記の製品と比較すると「スペックが劣るのでは?」と判断される可能性があります。さすが業界の王者キヤノン、余裕を感じさせます。
キヤノンレンズは、過去2本の蛍石採用レンズを所有した経験があり、その素晴らしさは経験済みです。他社にマウント替えした時、キヤノンLレンズより解像度が低下して後悔した苦い思い出があります。
それ以降「望遠レンズで蛍石を採用するキヤノンレンズより優れる製品は稀」と思うようになりましたが、今回の調査から納得できる結果です。
ニコン
ニコンといえば質実剛健な会社イメージですが、MTF表記は「幾何光学的MTF」を採用。まじですか!
実はニコンユーザーだった時、AF-S 400mmF2.8やAF-S 200-400mmF4を購入しましたが、正直「あれ?」と思いました。ニコン望遠レンズの解像力が良くなったのは「蛍石採用モデル以降」というのが個人的な感想です。
サポートも含め「昔のニコン」ではないようです。
ソニー
ソニーEマウントレンズのMTF曲線は、天井張り付きの「MTF直線」なので「幾何光学的MTFだろう〜」と思っていましたが、案の定でした。
ソニーの雰囲気は「写真が好き、カメラ好きだからソニーに入社した」という人は少ないけど、それぞれの能力は高く、仕事として高レベルの業務を淡々とこないしている印象です。
シグマ
シグマは、波動光学的MTFと幾何光学的MTFの両方を表記している良心的な会社です。
オタク気質の会社かもしれません。電話窓口の対応も「私はカメラ業界以外から来たものなので無知でして・・・」といってしまうほど正直。
タムロン
タムロンは、幾何光学的MTF表記でした。レンズ専業メーカーなので、少しでも数値を良く見せたい思惑があるのかもしれません。
ユーザーができること
レンズ選びをする時、MTFには2種類の算出方法があることが理解できました。幾何光学的MTFは数値的な見栄えが良く、波動光学的MTFは実際のスペックに近似していると言われます。
SIGMAのMTFから傾向を推測
ユーザーができることは?
シグマのMTF曲線をチェックした上で傾向を知り、キヤノンレンズと比較しました。
グラフの見方
レンズの解像度を重視する場合、おもに解像度を示す「30本/mmのグラフ」に注目します。
緑実線=幾何光学的MTF 放射方向(30本/mm)
緑破線=幾何光学的MTF 同心円方向(30本/mm)
紫実線=波動光学的MTF 放射方向(30本/mm)
紫破線=波動光学的MTF 同心円方向(30本/mm)
SIGMA Sports 500mm F4.0(絞り開放値)
波動光学的MTFの数値は幾何光学的MTFより1.0程度低下します。超望遠レンズは、周辺部の数値が最大1.5ぐらいまで低下します。
Canon EF500mm F4L IS II USM
EF500mmの波動光学的MTF。同心円方向(30本/mm)の数値はシグマ製品と大差ありません。シグマ健闘してます。
Sports 70-200mm F2.8 (絞り開放値)
70mmの領域は、波動光学的MTFの数値が幾何光学的MTFより0.5程度低下します。200mmの領域は、波動光学的MTFの数値が幾何光学的MTFより1.0程度低下しています。
Canon RF70-200mm F2.8 L IS USM
RF70-200mm F2.8の波動光学的MTF。広角端、望遠端ともキヤノンの優れる印象です。
Art 24-70mm F2.8 (絞り開放値)
24mmの領域は、波動光学的MTFの数値が幾何光学的MTFより0.5程度低下します。70mmの領域は、波動光学的MTFの数値が幾何光学的MTFより0.5程度低下しています。
Canon RF24-70mm F2.8 L IS USM
RF24-70mm F2.8の波動光学的MTF。優劣の判断が難しですが、シグマの曲線は単焦点レンズ似、キヤノンはズームレンズらしい曲線です。
Art 105mm Macro (絞り開放値)
波動光学的MTFの数値は、幾何光学的MTFより0.5〜1.0程度低下しています。
Canon RF100mm F2.8 L MACRO IS USM
RF100mm F2.8の波動光学的MTF。マクロを得意とするシグマの方がシャープな印象です。さすがカミソリマクロ!
まとめ
シグマのMTF曲線をチェックすると、幾何光学的MTFのみの表記の場合、最高数値から0.5〜1.0引いた数値が波動光学的MTFに近似するようです。
今後の希望
写真業界には「一般社団法人 日本写真映像用品工業会」があり、業界のルール作成などに携わっている団体です。MTF表記についても「統一ルールの作成」を望みたいところです。
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